企業のM&Aは、会社のコア事業における経常的な経営の意思決定として選択されるものではありません。むしろ、会社の経営費源を優先的に投入し安定的な収益をあげている事業であっても、更に会社を成長させるには限界がある場合に、その突破口として選択する非経常的で戦略的な意思決定であると側面があり、そこにはM&A特有のリスクも伴うと言ってもよいでしょう。そのために、M&Aにより会社を取得しようとする会社・経営者は、現状何が(買手側の)会社の経営課題であり、M&Aによってこれをどう解決し、M&Aでどのよう方向に進むことができるのか、そのためにどのような会社を買収したらよいのか、きっちりと認識・確認しておく必要があります。むしろ、買手の会社に、このようなはっきりとした経営課題と経営戦略がなければ、M&Aと言う選択肢は、簡単に選んではいけないと言ってもよいのです。

私達は、例えば余剰資金が豊富な会社から、M&Aに興味があり、事業の規模を拡大したいので会社を買収してみたい、とった相談を受けることがあります。このような要望に対して、その時点で譲渡対象となっている会社を場当たり的に紹介するアドバイザー会社があるかもしれません。しかし、このようなケースでは、M&Aが失敗に終わる可能性が往々にしてあると言うことを、念頭に置くべきでしょう。

別の箇所で述べましたが、M&Aの本質は、会社の支配権の移動であり、これによりこれまでとは別の経営方針、経営資源が投入され、それまで以上の企業価値に高められることにあります。株式市場で上場会社の一定の持分を取得すれば、配当金を得る、あるいは株価が上がればキャピタルゲインを得ることができますが、ここではあくまでその会社の経営方針の変更は前提となりません。そこが本質的な違いです。TOBをかけて、支配権(過半数)を取りに行くのであればまた別で、その場合はM&Aの範疇に入るでしょう。よって、TOBをかける場合は、支配権を取得するためのプレミアムを払う必要があるのです。

導入が長くなりましたが、では企業がM&Aを成長戦略として選択するのは、どのような場合があるのでしょうか。教科書的な説明も含まれますが、簡単に紹介いたします。

■会社が企業を買収するケース

水平統合
会社が、同業他社を買収する場合の戦略で、M&Aにおいては最も多いケースです。規模の経済が収益力を左右する紙、セメント、鉄鋼、電力、化学、石油などの産業では、大規模な水平統合のM&Aが、過去に多く繰り返されてきました。また最近では、ロケーション由来の事業において、ミクロな水平統合のM&Aが活発です。例えば、食品スーパーチェーンが、特定の地域に戦略的な出店をし、地域内における競合他社の参入を抑制して市場占有率を向上させ、また物流効率、システム効率をあげ収益率を向上させる。このような戦略は、コンビニ、ドラッグストア、プロパンガス、置き薬などでみられます。ただ、この戦略の場合、買収戦略でマーケットシェアを高めたとしても、その事業モデル自体が陳腐化してしまう、あるいは自社ブランド自体が衰えてしまえば、業績は急激に悪化すると言う落とし穴もあり、並行して会社・事業そのもののリノベーションを怠らないことが必要です。

商品ラインを拡大するためのM&Aも水平統合と言ってよいかもしれません。商品ラインが比較的長くない(限られている)会社が、同じ事業領域の中で別のあるいは付随的な商品カテゴリーを持つ会社を買収する例です。このようなM&Aも比較的多いですが、同じ領域と言っても、買収してみたら、製造方法やサービス内容、また営業、マーケティング手法が似てはいるものの、別物であったことが分かり、結果的に買収した会社が重荷になってしまうこともありますので、注意が必要です。

垂直統合
垂直統合は、同じ事業領域において、他の事業プロセス・業態の会社を統合するM&Aで、その統合の方向により、川上統合、川下統合と言われます。例えば、製造会社が原材料の調達力を確保、また中間コストの削減、するために原材料供給会社を買収するのが川上統合、一方、販売力の強化や顧客ニーズの把握等を図るために販売会社を買収するのが川下統合の例です。アパレルメーカーにおいては、製品ライフサイクルが短いために、消費者のニーズを予測分析して商品を企画し、これを材料調達、製造、販売までスピーディーに行うことが求められ、この一連のプロセスを自社で行う事業モデルが広く採用されています。このような垂直統合型の事業モデルで生産の効率性を求める目的に、垂直統合型のM&Aが推進されることになる訳です。一方で、垂直統合を進めるすぎる場合、例えば製造・流通等の段階で系列化が起こり、各段階での事業最適化が実現しなくなる可能性があります。また、設備投資のニーズが高まり、経営に重くのしかかることもあり要注意です。
米国のIBMが、メインフレーム市場で成功を収めた時期、ハードウェアの製造とシステム開発から販売まで一貫して行う垂直統合戦略で市場を独占しました。しかし、1980年代にパソコン市場が急拡大するのをきっかけに、半導体製造のインテルや、基幹ソフトMS-DOSのマイクロソフトが台頭し、IT市場の水平分業が始まりました。この大きな市場のうねりの中で、IBMは1993年に50億ドル(5,000億円超)という巨額な損失を計上、IBMはハードウェアを軸に垂直統合されたビジネスモデルを、ソフトウェアおよびコンサルティングサービスを軸とした再編・最適化を図り、大胆な企業の買収と譲渡を繰り返すことになるのです。

多角化戦略
事業が一部の顧客や製品に依存している、新しい技術の出現や消費者ニーズの変化で事業の将来性に陰りがある、と言った場合に、企業買収によりいっきに多角化を進める戦略です。上記の垂直統合や一部の水平統合においては、多角化戦略のM&Aと解釈できるものもありますが、ここでは企業のコア事業との関連性がほとんどない企業のM&Aのケースを想定しています。
企業が新しい事業に一から進出する場合、当然ながら時間と投資が必要ですが、既にその事業領域で経験豊富な人員とノウハウ・技術を有し、一定の実績がある会社を取得できれば、新しい事業に短時間で一挙に進出することができることになります。
一方で、この戦略においては、相応のリスクも抱えることになるでしょう。多角化戦略のM&Aの場合、案件ありきの場当たり的なM&Aになる可能性があると言うことです。もともと買手会社のコア事業の成長戦略として水平・垂直拡大を狙う場合は、具体的なシナジー効果を想定してM&Aを目指しますが、良い投資先があればと言った場当たり的な多角化戦略の場合、シナジー効果はどうしても後付けされることになります。このような場合、M&Aで会社を取得しても、M&Aの対象会社も、買収した会社も、ともに買収後の企業価値を増大させることが難しくなり、M&A案件としては、失敗に終わることがありますので、注意が必要です。

技術・生産拠点の獲得
自社にない技術、知的財産、ノウハウ、製造設備、専門的な人材等をピンポイントで取得するために、これを保有している会社を買収するケースです。もともと共同開発をしている相手企業、あるいは生産を委託している会社をそのまま買収するといった事例もよくあります。買収することにより、相手企業の技術・ノウハウを最大限活用することができ、また中間コストを削減することが期待されます。また、技術やノウハウに関する機密保持体制が徹底される利点もあります。
人材確保を目的にするM&Aについては、IT企業が集まる米国にシリコンバレーでは、アクハイヤー(Acqui-hire)と言う言葉を耳にします。これは、M&Aのacquireと雇用のhireを合わせた造語で、まさに「優秀な技術者や専門性の高い人材を獲得するためのM&A」が盛んにおこなわれているのです。ただ、このような技術者や専門性の高い人材の場合、転職しやすいと言う背景から、一般の人材よりももともと流動性が高いと言う側面があることも留意すべきでしょう。人材の獲得を目的とするM&Aにより確保した人材が、M&A後に会社を辞めてしまえば、当然元も子もないわけです。
M&Aにおいては、事業の継続性と成長性を担保するために雇用を維持することは原則になりますが、経営方針や業務内容、雇用環境や条件が変わることにより、コアとなる人材が自ら会社を辞める場合があり、買収する会社が、買収契約により人材の流出を縛ることはできません。人材確保を目的とするM&Aの場合は、特にこの点に注意を払う必要があります。

海外戦略
国内市場の鈍化や、国内製造コストの高騰のため、海外進出を既に果たしている会社、あるいは海外の会社、を買収するいわゆるクロスボーダーのM&Aです。海外の会社が日本の会社を買収するインバウンドのM&Aケースも含まれますが、ここでは、特にアウトバウンドのM&Aを前提に話を進めます。
クロスボーダーのM&Aは、これまで大手の企業が主役となり牽引してきましたが、現在もその傾向に変わりはありません。超大型のM&Aとして記憶が新しいのは、2013年にソフトバンクが買収した米国の通信大手スプリント社。その買収額は、2兆2,000億円超。また、ソフトバンクは2016年にも英国の半導体設計大手アームホールディングスを3兆3000億円で買収しています。また、2014年にはサントリーが米国蒸留酒最大手のビーム社を買収し、その金額は1兆6,500億円と非上場会社が行ったM&Aとしては突出した規模になっています。このような海外M&Aを実施するには、資金力はもちろん、一定の知見と能力を兼ね備えた人材が組織され、外資系の大手投資銀行や全世界に拠点を持つ大手会計・法務アドバイザリーとの連携のもと、時間と労力をかけ、水面下にての情報収集を行う必要があるでしょう。そして、企業評価・スキームの検討の段階になれば、言語はもちろん、税務、財務会計、準拠法の違いに起因する多くの課題を乗り越えなければなりません。条件交渉・最終契約の段階においては、タフでぎりぎりのやり取りとなるでしょう。クロージングの段階になれば、資金調達と外貨の準備、そしてこれら金融取引に関わるリスクヘッジなどをこなしていく必要があり、相対的にクロスボーダーのM&Aは難易度が高くなると言ってよいでしょう。

一方、中堅企業による海外M&Aも着実に増加しています。リーマンショック以降、日本におけるM&A案件の総数は一旦減少しましたが、円高にも支えられ海外M&Aは比較的早く回復傾向を見せました。国内の景気低迷を受け、多くの日本企業が、海外での事業展開に活路を求めたことが推定されます。ただ、人的資源や資金力に劣る中小企業が、相対的に難易度の高いクロスボーダーのM&Aに取り組めば、想定外の問題に直面するリスクも高まります。この点は、充分に理解しておく必要があるでしょう。

クロスボーダーのM&Aで海外の会社を取得した場合、まずは会社幹部と従業員、会社の実態と取引実務、また現地の生活様式、文化、宗教等を可及的速やかに理解し、一方で、新しく親会社となる会社の経営方針、会計方針、また業務ルールをきっちりと理解してもらう必要があります。そのうえで、新たな事業計画を現地経営陣・スタッフと共に作成し、これを現地の全従業員が共有し、行動することが重要です。

以上、ここまでは、企業がM&Aにて会社を取得する場合の背景やその際の経営課題を説明してきました。ここからは、企業のオーナーあるいは会社が、会社あるいは事業の一部を譲渡する背景を説明します。

後継者不在
身内あるいは周辺に後継者がいないため、外部の第三者、または他社に会社を譲渡する、いわゆる事業承継に伴うM&Aのケースです。
事業承継については、事業承継ガイドライン補足で詳しく述べていますが、近年中小企業の経営者の平均年齢が高齢化し、同時に「経営者交代率」が低下するといった事態が続いており、このままでは日本経済の活力低下が否めないという問題が浮き彫りになっています。このような状況において、政府の後押しも受けて増加しているのが第三者への会社譲渡による事業承継です。
しかし、中小企業のオーナー経営者の中には、M&Aといった言葉にネガティブイメージ、あるいは会社を売却すること自体に罪悪感を持っている方が、少数ではありますがいるようです。一方で、団塊世代を引き継いだ「ポスト団塊世代」はもちろん、その次の世代の「団塊ジュニア」といった世代には、今まさに日本の経済活動を牽引する有能で気力にあふれる人材が、次代の経営者候補として多く存在します。更に、団塊ジュニアの次の世代の「ポスト団塊ジュニア」(米国においては「ジェネレーションY(Y世代)」)においては、携帯電話やインターネットといった情報ツールを活用した新しいビジネスモデルを生み出し、それまでには想像もしなかったスピードで大きな事業価値を創造する人材が生まれているのです。
後継者問題に悩むオーナーには、これらの次世代の有能な経営者及び経営者候補に、思い切って事業を引き継いで、新たな成長の実現を託すことが事業承継の有力な選択肢となっているのです。

戦略的譲渡
多くの企業の経営者にとって、自身が資金を投資し立ち上げた事業(会社)を一定の企業価値まで成長させ、これを株式上場、あるいはトレードセール(相対譲渡)により、創業者利得を確保することは、経営目標の一つでもあり、非とされることではありません。また、会社が個人企業から企業に成長する過程において、創業家の属性を薄めることが求められる場面、また資金調達力や財政基盤の強化を図ることが必要になる場面があり、会社や会社の従業員の将来のために、また取引先や消費者に会社の継続性(ゴーイングコンサーン)を担保するために、戦略的に会社の譲渡を選択することがあるのです。これが、会社の戦略的な譲渡です。

経営不振 / 事業再生
技術革新や消費者ニーズの変化に追いつかず、この先一定の設備投資をしても売上の改善が見込めない、また社員の高齢化が進み若い世代の人材確保も難しく事業規模の拡大が難しいと言った場合に、この際、資金力も組織力もある大手企業に会社を譲渡し、新たな経営戦略のもと会社の成長を委ねようというものです。大手企業の傘下に入ることにより、従業員の雇用条件も改善され、従業員の意識が向上することも期待されます。このケースは、中小規模会社におけるM&Aとして比較的多くなっており、また比較的早めのタイミングで譲渡を決断いただくことで、新たな再成長の軌道に乗せることができます。
一方、何らかの理由による市場の急激な縮小や、急激すぎた事業拡大、また新規投資の失敗などで過大な借入債務を抱え込み、資金経営難に陥ってしまった、あるいは陥る可能性がある場合に、スポンサー企業に資金を拠出してもらうことで経営権を譲り渡し、かつ債権者に一定の債権の免除を負担いただくことで会社を再生することがあり、これが事業再生です。事業再生には、大きく分けて法的再生と私的再生があり、法的再生は、民事再生法や会社更生法により会社を再生させ、ともに裁判所がこれに関与します。私的整理とは、裁判所を通さず債権者と話し合いで進めます。スポンサー企業としては、法的整理でも私的整理でも、対象会社が自社にない技術や商品、顧客などを有している、あるいは一定の債務免除、資金注入をすることにより建て直しの目途があると判断した場合、出資(M&A)に応じることになります。

選択と集中
多角化、経営の安定化を目指して、複数の領域に事業を広げてきた会社が、そのコアとなる事業で競争が激化し売上が低迷した、また多角化を進めることでコア事業への投資を怠ってしまったためにコア事業での競争力が落ちてしまったような場合に、今だ成長のスピードが遅く、収益性が低いノンコアの事業をM&Aにて切り離し、コア事業に改めて経営資源を集中させる戦略です。ノンコア事業を譲渡して得た資金を、コア事業に投資する、あるいはコア事業のM&A戦略に使うこともあるでしょう。


 

特に下記のようなお客様に、多くの支持と感謝を頂いております。
 
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